かわるお正月風景

北陸から山陰など、日本海沿岸地方では大雪だとか。お見舞い申し上げます。

昨日は鏡開き。床の間に飾ってあった市販の小さなお供えをお雑煮
にして食べました。鏡開きのお供えは刃物を使ってはいけないのだそうですが、すっかり完全包装の餅は、叩いて割るわけにはいきません。ここは略式で包丁で切りました。我が家の乏しいお正月の行事です。

考えてみたら、お正月といっても、ずいぶん寂しいものになりました。暮れの行事の餅つきも、何年か前では、電動餅つき機で餅を搗いたのですが、やがて菓子屋に委託した餅、それが今では市販の餅と変わってしまいました。年越しの蕎麦も、数年前までは下手なりに自分で打っていたのですが、、近頃はその気力もなく、いつの間にか、市販の乾麺です。暮れの大掃除もごく簡単に済ませ、これも市販の小さな松飾を玄関に飾りました。近隣の通りがかりの家を見ても、松飾のある家はほんの数えるほど。子供の頃のように門松は立てようありませんが、せめてものお正月のしるしです

ごく近くのお寺では除夜の鐘を突くのですが、今年はまったく聞きませんでした。聞こえないのではなく、恒例の大晦日のテレビ番組は関心もなく、早々と寝てしまって聞かなかったのです。この頃は、近所迷惑とかで、除夜の鐘を撞かないところもあるとか。世の中もずいぶん変わったものです。朝になると、早くから近くの通りを多くの人が歩いていきます。鎮守様の初詣客でしょう。こちらは年々多くなるようです。今の時代でも新仏の力に頼るのか、「お正月」を実感するために参詣するのでしょうか。街からほとんど門松は姿を消したけれど、聞くところによると、各地の神社は初もうで客で大賑わいのよし。神様もわずかなお賽銭で次々と様々な願い事を頼まれてはさぞかし大変でしょう。

お正月といっても、出来合いのおせちに、小さな松飾りとお供え餅一つを買い求めるだけ。数分ちょっとで行ける鎮守への初詣にも行きませんでした。たくさんのにぎやかな売り出しのチラシもちょっと覗いただけで、初売りにも行かず、テレビのさしておもしろくもない番組で時を過ごすばかり、何とも情けないお正月です。ただ、孫の家族と弟が来てくれたので、おかげで賑やかなお正月になりました。

元旦の朝は、新年の挨拶をを交わし、ささやかなお雑煮で朝食です。今年はお屠蘇がなくて、葡萄酒とお茶がお屠蘇代わり。まもなく年賀状が届きます。年々その数も減ってきて、多い時の六分の一ほど。これもいつまで続くやら。来訪の孫や弟とともに恒例の百人一首のカルタ取り。歌はまだ全部覚えてはいるけれど、ばらまかれた札の位置が覚えられません。たまたま目の先にあった札を取るだけ。完敗です。自分の得意札さえも孫に取られて、とても勝負にはなりませんでした。トランプ、花札で遊び、お正月を楽しむことができました。子供が小さなころには、各種の自作の凧を作って遊んだものですが、今年は凧の独楽も羽子板もありませんでした。寒空にカーンと響く羽子板の音を来春は聞きたいののです、私にはとても相手は務まりませんが。

子供の頃の郷里では六日歳、七草、15日の小正月、二十日正月などと数多くの年中行事が続いていたのですが、今でも行っているのでしょうか。多分、だいぶ簡略化されてきているのでしょう。これも時代の推移でしょうが、年中行事がだんだん姿を消していくのも寂しいものです。

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