日光白根山麓に秋を探る 

 好天という天気予報に誘われて、上毛の渓谷に紅葉をたずねた。時期が少し早すぎたようで、鮮やかに彩られた山並みは見られなかったが、温泉につかり、渓谷を訪ね、日光白根山を間近に眺められ、まあ満足というところかなあ。
 出発が午後だったのでどこにも寄らずに老神温泉に直行。当方の不注意で宿について手違いがあったが、宿の暖かい配慮のおかげさまで快適な一夜を過ごすことができた。 
 
老神温泉の宿は20軒ほど。例に漏れず年々客も減少しているようで、空き家となった宿や店などがあちこちと見られた。大きな旅館の玄関先に置かれた「空室あります」の看板は、老舗の宿には似合わないがこれが現実なんだろうか。朝市では、地元でとれた野菜などを販売していた。でもお客の姿は?
 
 「くりみくり」という南瓜など初めて見たものもいくつもあった。野菜を少しだけ土産にした。     「暮れゆく尾瀬」 茜ぐも かなしく遠く 尾瀬ヶ原 淡く暮れゆく……」 鈴木比呂志(歌人・国文学者)
 
老神温泉は片品川を挟んで渓谷の斜面に位置するところで、「赤城山の神である大蛇と、日光二荒山の神の大ムカデが争った際、赤城山の神がこの地に出来た温泉で傷を癒して二荒山の神を追い払った。神を追い払ったという事で「追神」温泉と命名され、後に転じて「老神」温泉となった。」のだって。  
 
このあたりの標高は1100m程だが、紅葉の盛りには少し早かったのだろうか。もう少し経てばもっと鮮やかな山肌になるのだろう。今朝は山々は雲に覆われているが、次第に雲があがっていくようだ。  
 
 かみつけのとねの郡の老神の
   時雨する朝を別れゆくなり  若山牧水

「牧水橋」の袂の雑草が生い茂るなかに建つ。
      酔牧
なほ書きつける一首
 相別れ吾は東に君は西に
    わかれてのちも飲まむとおもふ
「……老神温泉に着いた時は夜に入つてゐた。途中で用意した蝋燭をてんでに點して本道から温泉宿の在るといふ川端の方へ急な坂を降りて行つた。……K―君は飛び出して番傘を買つて來た。……宿を立ち出でた。そして程なく、雨風のまだ全くをさまらぬ路ばたに立つてK―君と別れた。彼はこれから沼田へ、更に自分の村下新田まで歸つてゆくのである。」(若山牧水「水上紀行」)

牧水は大正11年、小諸から軽井沢、草津、法師温泉を通って日光に向かう旅の途中で老神に泊まる。法師から同行してきたK君とここで別れた時、碑石の歌を番傘に書きつけて渡したという。
 
宿から4kmほど街道を遡ると道の傍らに日本の滝百選、天然記念物指定の吹割の滝がある。土産店などが並ぶ街道から片品川の川岸に降りると、滝の轟音が響き渡って、予想して来たよりもなかなかの迫力である。落差が滝の魅力の要素と思っていたが、全貌はつかめないまま一見するところでは滝は高さ数mほど、幅もそれほど広くはないのにこの迫力。それはなんといっても水量の多さではないだろうか。遊歩道にいても水しぶきが降ってくる。 季節によっては僅かしか流れないこともあるそうだが。 
 
 「鱒飛の滝」幅はさして広くはないが、落差は15mあるそうだ。それは轟音で実感するしかない。    吹割渓谷。約一万年前、川の合流点にできた滝が上流へ浸食してできた深い峡谷。
  ひた急ぐ途中に吹割の瀧といふのがあつた。長さ四五町幅三町ほど、極めて平滑な川床の岩の上を、初め二三町が間、辛うじて足の甲を潤す深さで一帶に流れて來た水が或る場所に及んで次第に一箇所の岩の窪みに淺い瀬を立てゝ集り落つる。窪みの深さ二三間、幅一二間、その底に落ち集つた川全體の水は、まるで生絲の大きな束を幾十百綟ぢ集めた樣に、雪白な中に微かな青みを含んでくるめき流るゝ事七八十間、其處でまた急に底知れぬ淵となつて青み湛へてゐるのである。(水上紀行)
 
吹割の滝から下流に向かって川幅は狭くなり、 流れが速くなって鱒飛の滝へと流れ下る。   吹割の滝は幅30m。岩質の柔らかい部分を浸食して多数の割れ目から流れ落ちているとか。 
 
 危険防止で白線とロープ仕切るも、このおばちゃんはおかまいなし。照れ笑いしながら立ち去った。    対岸の岸壁の上の観瀑台。ここからでないと、吹割の滝の全貌は見えないとか。
 
 淵の上にはこの數日見馴れて來た嶮崖が散り殘りの紅葉を纏うて聳えて居る。見る限り一面の淺瀬が岩を掩うて流れてゐるのはすが/\しい眺めであつた。それが集るともなく一ところに集り、やがて凄じい渦となつて底深い岩の龜裂の間を轟き流れてゆく。岩の間から迸り出た水は直ぐ其處に湛へて、靜かな深みとなり、眞上の岩山の影を宿してゐる。(水上紀行)
 
 千畳敷。花崗岩、凝灰岩の「極めて平滑な川床の岩」を浅い水が流れる。   川を挟んで二つの橋で繋がる「 浮島」には浮島観音堂を祀る。
  「吹割の瀧を過ぎるころから雨は霽れてやがて澄み切つた晩秋の空となつた。片品川の流は次第に瘠せ、それに沿うて登る路も漸く細くなつた。須賀川から鎌田村あたりにかゝると四邊の眺めがいかにも高い高原の趣きを帶びて來た。白々と流れてゐる溪を遙かの下に眺めて辿つてゆくその高みの路ばたはおほく桑畑となつてゐた。その桑が普通見る樣に年々に根もとから伐るのでなく、幹は伸びるに任せておいて僅かに枝先を刈り取るものなので、一抱へに近い樣な大きな木が畑一面に立ち並んでゐるのである。老梅などに見る様に半ばは幹の朽ちてゐるものもあつた。その大きな桑の木の立ち竝んだ根がたにはおほく大豆が植ゑてあつた……」(水上紀行)
 「夏の思い出」    江間章子
「夏が来れば思い出す はるかな尾瀬 遠い空
 霧のなかにうかびくる たさしい影 野の小径…
 水芭蕉の花が 咲いている ……」
    尾瀬と日光の分かれ道の鎌田の宿の前に。
   牧水はこの先の白根温泉に一泊、ここで案内人を雇い、丸沼の養魚場の番小屋一泊して金精峠へ登っていく。
 わが過ぐる落葉の森に木がくれて
   白根が嶽の岩山は見ゆ     牧水
 
丸沼高原は、群馬県片品村と栃木県日光市を跨ぐ日光国立公園内に位置し日本ロマンチック街道沿いにある標高1,400メートルの高原。日本百名山の白根山麓にある。ロッジ、スキー場、キャンプ場、グランドなど様々な施設があるとか。  
 
 日光白根山ロープウェイ。全長2500m、高低差600m、山頂駅まで往復1800円。
   ロープウェイで15分掛けて山頂へ。いくつものゲレンデを見下ろしながら登る。唐松は黄変し落葉前。
 
 山頂の喫茶店。雲は広がったり流れたり。   「天空の足湯」残念なことに休業中。 
 
 日光火山群の主峰の活火山の日光白根山。標高2575m。ここから山頂まで往復約5時間。    運がよければ日本百名山の浅間山、草津白根山、苗場山、谷川岳などが見えるそうだが、残念!
 
 白根山の溶岩などを利用したロックガーデン。    下山途中に白根の堰止め湖丸沼か菅沼を望む。
2000mの高地の空気は気のせいかおいしく感じられる。留まる時間が長くなると、少し肌寒くなった。
雲がかかったりして、せっかくの眺望は十分ではなかったが、1800円は堪能できたようだった。  

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