市川の昔を尋ねる
私の住まいは元の下総の国ですが、奈良時代の政治の中心地で、国府や総社、国分寺などが置かれたところはどこなのか全く知りませんでしたし、知らなくても特に困ることもありませんので、知ろうともしませんでした。それなのに、旅先で近くに国分寺などがあると、必ず足を伸ばしておりました。これまで立ち寄った国分寺(址)は、陸奥(仙台)下野(下野)信濃(上田)越後(上越)美濃(大垣)備中(総社)それに大和(奈良)がありますが、肝心の今の住まいの国では一体どこだったのだろうと、ふと疑問に思って調べてみました。すると、なんと数十キロも離れた千葉県市川市だと分かりました。市川にはこの他尋ねたい理由が二つあるので、思い切って出掛けました。

早速にこの程尋ねてみました。電車を乗り継いで二時間近くかかって辿り着きました。千葉県市川市は江戸川を挟んで東京葛飾区や江戸川区に接し、南部は東京湾に臨みます。江戸川沿いのそのままの名の「国府台」が旅の始まりです。健脚なら歩いて回れる範囲のようですが、とてもそんな足は持ち合わせがありません。以前は市営の無料レンタサイクルがあったそうですが廃止とか。駅待ちのタクシーもありません。それでタクシー会社に電話をしましたが、なかなか通じません。駅前でいつまでも立ち止まっている爺さん達を見かけ、駅前交番の交通指導員というおじさんが声を掛けてくれました。交番で番号を確かめたら番号違い、改めて掛けても駄目でした。途中でまた電話をかけようということで、最初の訪問地へ向かって歩き出しました。少し歩くと通りをタクシーが通ります。空車かと思って手を挙げると運良く止まってくれました。やれやれ。初めての女性ドライバー、さすがプロです。こっちが心配するような車がやっと通れる狭い道、見通しの悪い道も巧みに運転してくれました。

初めに尋ねたのは、葛飾の真間の手児奈ゆかりの地です。手児奈は万葉の昔、この地に住んでいて都にも聞こえた美人だったそうですが、多くの男に想いを掛けられ、悩んだ末に海に身を投げたとか。万葉集に手児奈を詠んだ歌がいくつかおさめられています。
北原白秋、富安風生、水原秋桜子、近くの松戸に一時住んでいた小林一茶も足を運んで句を残しています。奈良時代から現代まで、多くの人の心にかかる手児奈はさぞかし美人だったのでしょう。または、そのはかない人生に思いを寄せるのでしょうか。私は以前から「真間の手児奈」という美人がいたということだけは知っていましたが、その住まいも生涯も知りませんでした。衰えた記憶の中に「手児奈」が残っていたのも、市川を訪ねる動機でもあります。

国府台は標高20メートルほど。正に台地です。その台地の突端の弘法寺は、奈良時代に行基が真間の手児奈の霊を供養するために建立した弘法寺がはじまりとか。急な石段の下には、手児奈が水を汲んだという井戸と手児奈を祀る手児奈霊神堂もありました。境内にはたくさんの句碑などがあるそうですが、多くは見落としてしまいました。

ついで国分寺を尋ねました。奈良時代そのままの朱塗りの南大門を構えた立派なお寺でした。ここは奈良時代の下総国国分寺址に建てられた後継寺院で、名称も下総国分寺。金堂跡は現在の本堂の場所に位置するそうで、堂の大きな礎石がいくつか保存されていました。ついでこれまた細い道を通り抜け国分尼寺跡に向いました。ここは公園になっており、草原の中に礎石が点在していました。子ども達のいい遊び場のようでした。
                                   もう一ヶ所、里見公園へ回りました。ここは、江戸川を見下ろす台地に位置し、遠く東京方面を展望できる公園です。春の花見の名所だそうです。15世紀、太田道灌が仮陣を置き、弟の太田資忠らが国府台城を築いた城址です。16世紀には里見氏と後北条氏の間で2度にわたる国府台合戦が戦われたそうですが、その遺構は見当たりませんでした。薔薇の花は咲き揃い、秋の日差しを浴びながら市民がのんびりと散策していました。せかせかと遺跡などを探し回るのは私どもだけ。

最後に電車で四つ目の鬼越で下車、少し歩いて神明寺へ行きました。ここは小栗判官ゆかりのお寺だそうで、それが市川を訪ねる三つ目の理由です。小栗判官が馬を繋いだいという銀杏の樹と、判官が沼地に足を取られた時、持仏の不動明王像に祈ったら助かったというその像が「小栗判官厄除出世不動」として祀られていました。小さな祠かと探したら、コンクリート造りの立派な建物でした。あちこちに小栗判官と照手姫の話が伝えられていますが、浄瑠璃や歌舞伎などに取り上げられるゆかりの地は、その地にとっても何か魅力があるのでしょうか。

天気予報とは違って暑い日でしたためか、歩行距離はさほど無いのに随分疲れか気がしました。昼食の店がなかなか見つからず、電車の駅をいくつか飛ばして、やっとファミレス見つけてささやかな遅い昼食。ご苦労様でした。 アルバム

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