大和路桜探訪3
           花の御寺 長谷寺を彩る桜

 昨日に代わって雲も見えない青空に恵まれ、橿原からほぼ東の桜井市初瀬の「花の御寺」といわれる長谷寺に向かう。

  憂かりける人をはつせの山おろしよ はげしかれとは祈らぬものを 源俊頼朝臣 (百人一首)
   振り向いてくれない人がなびくようにと長谷観音にお祈りしたのだけれど……。
初瀬川の北岸、初瀬山(546m)の山腹にある長谷寺は、北側の山から吹き下ろす冬の風が、今も寒く厳しいという。

豊山神楽院長谷寺は真言宗豊山派総本山、西国三十三観音霊場第八番札所。727年、天武天皇の勅願によって徳道上人が十一面観音を祭って一寺を創建したのが起源と伝える。

昔から女性の参詣が盛んで、源氏物語、更級日記、枕草子などにも長谷寺参詣の事が記されている。数十年ぶりに埃を叩いてちょっと覗いてみた。
「仏の御なかには、初瀬なむ、日の本のうちにあらたかなるしるしあらはし給ふ」と、頭中将と夕顔の娘玉鬘は聞いて、一目親に逢いたいと観音の霊験をたよりに京より70km程を4日かけて歩いて長谷観音に参詣する。ここでかつての乳母右近に再会する。(源氏物語 玉鬘)

「いみじき心を起して詣でたるに、川の音などの恐ろしきに、榑階をのぼり困じて、いつしか佛の御顔を拝み奉らむ…」とするに、「蓑虫のやうなる者どもが集まり」て遠慮しないから「押し倒し」てやりたい心地だと、清少納言の勇ましいこと。(枕草子 287段)

更級日記の筆者菅原孝標女は、長谷寺に何回も参籠に来ていたが、信仰はさておき、たのしい行楽であったのだろう。
「また初瀬にまうづれば、初にこよなく物たのもし。処々にまうけなどして行きもやらず。……初瀬川わたるに、
  初瀬川立ちかへりつつたづぬれば杉のしるしもこのたびや見む
と思ふもいとたのもし。」 このときは3日参籠して、帰途、同行者が多く仮の庵に泊まり、供は野宿だったと記す。
 
 天の香具山を横目に、橿原からほぼ東の桜井市に向かう。   混雑が予想される門前町を避けて、大回りの山あい道を通る。人家もあまりない細い道だが、おかげで早く着いた。
 
 山門への東参道を登ると、咲きそろった桜のアーチでお出迎え。   高浜虚子句碑
 「花の寺 末寺一念 三千寺 」虚子 
 
 仁王門(総門)。両脇に仁王像、楼上に十六羅漢を安置する。「長谷寺」の大額の文字は、後陽成天皇の御宸筆。    登廊(のぼりろう)。108間、399段、折れ曲がり上中下の三廊に分かれている。長谷型の灯籠も見える。国の重文。
 
 登廊の左右に歓喜院、梅心院……と別院が並ぶ。
この前庭には牡丹が蕾をもち、その先にしだれ桜が
   登廊をやっと半分ほど登って振り返る。桜の先に長く続く登廊の屋根が
 
紀貫之 故里の梅
 「人はいさ心も知らず故里は花ぞ昔の香ににほひける」
                          (百人一首)
  貫之が久しぶりに長谷寺に参詣に来ると、馴染みの家の主人が、「ちゃんと宿はあるのに」と皮肉ったので、この梅の花を折って左の歌を詠んだという。
 
 小林一茶句碑
 「此裡に春をむかひて 
我もけさ清僧の部也梅の花 一茶」
  登廊はまだまだ続く。段差は小さく登りやすいけれど、一休みして振り返る。 
 
 現在の「本堂」は、1650年に徳川家光の寄進。東大寺大仏殿に次ぐ最大級の木造建造物で、間口柱間9間、奥行5間の正堂、9間・4間の礼堂の南に更に5間・3間の外舞台がある独特の建物。   本尊は「十一面観世音菩薩」。身の丈は3丈3尺6寸(約10m)光背が4丈4尺(約12m)の我が国最大の木造仏。国重文。 平城京遷都1300年祭協賛の特別開帳で、1000円で本尊の足に触れてお参りできるとあったが、信仰には金も必要だ。
 
 初瀬山の中腹にへばり付くように建つ外舞台からの眺望。満山桜花爛漫かな。仁王門や本坊などが見える。    本長谷寺。「…686年道明上人ここに精舎を建立、千佛多宝塔銅盤を鋳造して祀る。これより長谷寺の草創なる」
 
 本長谷寺を建立時、三重塔が建立されるが、落雷で焼失。1954年、五重塔を建立。芭蕉が楽しんだ桜があるとか?
「初瀬 春の夜や籠人ゆかし堂の隅」 (芭蕉 笈の小文)
   約150種7000株の牡丹を始め、山茶花、」福寿草、梅、椿、桜、石楠花……紅葉に到るまで、四季折々の花が境内を彩る「花の御寺」
 
 東参道も桜で彩る。長谷寺の参道は、仁王門の右からの東参道と左の西参道、そして仁王門をくぐって登廊を登る三つある。この東参道はもっとも古い参道だとか。    二本(ふたもと)の杉。「…さてはこれなるが二本の杉にて候ひけるかや、古き歌に、二本の杉の立ち所を尋ねずは、古川のべに君を見ましやとは……」(謡曲玉葛)



旅の計画にあった目当ての「しだれ桜」を見落としてしまった。樹齢100年を超える大木のしだれ桜があるそうだが、仁王門の前方の道路沿いにあったようで、東参道の行き来で、出会わずじまい。

特別開帳の期間のためか、遍路姿をした信徒の集団が次々と参詣に来ていた。平安の昔も21世紀の今日も女性の参拝が多いようで、観音様の霊験に期待するわけだ。  

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